美容室にノートパソコンを持ってきたメアリが、一か月かけて作っている曲を姉のセサンビッに聴かせる。
美容室へ行く前、妹のソルメアリはバッグにノートパソコンを入れた。
「それも持っていくの?」
「お姉ちゃんが染めてる間にやるから」
「自分の髪は?」
「私がやってもらうときは閉じればいいでしょ」
美容室に着くと、メアリは待合のテーブルにバッグを置いた。私は色見本をめくって、濃い紫を選んだ。
「お姉ちゃん、これにするの?」
「派手すぎる?」
「ううん。どんな感じになるのかなって」
メアリは色を変えなかった。顔の横にかかる髪を、少し軽くしてほしいと頼んだ。
メアリのカットが先に終わった。美容師が私の髪にカラー剤を塗り終えると、メアリは待合のテーブルに戻ってノートパソコンを開いた。イヤホンをつけて少し聴き、止めた。手を動かして、また同じところを聴いた。
最初は、メアリがいつも聴いている曲だと思った。
「何してるの?」
メアリはイヤホンを片方外した。
「曲を作ってる」
「ここで?」
「さっき、直したいところを思いついたんだ」
私は椅子の横にあった雑誌を閉じた。
「この前もそれ聴いてなかった?」
「うん。まだ同じ曲。一か月くらいになるかな」
「一か月?」
「時間があるときに少しずつやってるから。わからないことは調べながら」
メアリはもう片方のイヤホンも外して、ノートパソコンを私の横の空いているサイドテーブルに移した。小さな椅子も引き寄せて座った。画面には、短い横棒や長い横棒が何段も並んでいた。
「メロディーと歌詞を入れると歌ってくれるの。ここで長さも変えられる」
メアリがイヤホンを片方渡してきた。
知らない声が短いサビを歌った。メアリは指で膝をたたいてから、再生を止めた。
「ここ、最後の一文字。すぐ切れちゃう」
画面の横棒を一つ少し伸ばして、もう一度再生した。今度は最後の音が少し長く続いた。

「今度はどう?」
「私はどうしてもここが気になっちゃう」
メアリはその部分をもう一度流した。
「これ、誰が歌ってるの?」
「ひとまず別の声で聴いてみてるの。メロディーと歌詞は私が作ったんだ」
「じゃあ、自分で歌えばいいのに」
メアリの手が止まった。
「あとで歌うよ」
「ステージではうまく歌ってるじゃん」
「あれは人が書いた曲でしょ」
メアリはイヤホンのコードを指にゆるく巻きつけて、ほどいた。
「自分で書いた歌詞を自分の声で聴くのって、ちょっと……聴いてられない」
私はメアリを見た。
「自分のことを話してるみたいで。お姉ちゃんが聴いてると、余計に」
「それで、まずはその声で作ってみてるの?」
「うん。最後まで作ってから、自分でも歌ってみようと思って」
メアリはまた画面に目を向けた。私がつけているイヤホンのコードが引っ張られないように、パソコンを少し近づけた。
「今日で仕上げるの?」
「ううん。今日はここだけ」
私は雑誌をまた開いた。ページを二枚ほどめくる間に、同じフレーズがまた何度か聞こえてきた。
髪を流してもらう時間になると、私はイヤホンを外して返した。メアリはパソコンを閉じた。私が髪を乾かしてもらっている間、メアリはスマホに書き留めた歌詞を見ていた。時々、唇だけを動かしていた。
美容師が上のほうの髪を少しまとめて、後ろで結んでくれた。残りの髪は肩より下までおりていた。鏡を見ながら、少し顔の向きを変えた。窓際だと、紫色がよく見えた。
「お姉ちゃん、後ろも見て」
メアリは顔の横の髪に触れていた。黒い髪の毛先が、首の後ろで軽くはねていた。私は後ろを見て、メアリのスマホを受け取った。
「写真撮るね」
メアリが鏡の前で、私のほうへ少し寄った。
「一緒に撮ろう」
写真を撮って、スマホを返した。メアリが写真を確かめている間、私は横のテーブルにあるパソコンに目をやった。

「さっきの、もう一回聴かせて」
「どこ?」
「最初から。途中で何度も止めるから、どんな曲かわからない」
メアリはスマホを置いて、パソコンをまた開いた。イヤホンを片方渡して、再生位置をいちばん最初に戻した。私はイヤホンをつけた。
今度はメアリがキーボードから手を離した。
曲が終わると、私はイヤホンを外して返した。メアリはパソコンを閉じてバッグにしまった。
美容室を出て歩いているうちに、さっき聴いたメロディーを小さく口ずさんだ。メアリが振り向いた。
「何、もう覚えたの?」
「あの部分、何回も流してたでしょ」
「さっきの、送ろうか?」
「うん」
「まだできあがってないけど」
「さっき聴いたから。そのまま送って」
家に帰ると、メアリが送ってくれた写真の下に、短い音声ファイルが一つ届いていた。


